子育て世代にとって、皮膚科での「水いぼ(伝染性軟属腫)」の治療は、一種の試練に近いものがありました。診察室から聞こえてくる子供の泣き声、そして「自然に治るまで待つしかない」と言われた際のやるせなさ。
これまで日本の水いぼ治療は、物理的に摘まみ取る「鑷子(ピンセット)摘除」か、あるいは何もせず数ヶ月から数年待つ「経過観察」という、極端な二択を迫られてきました。しかし2026年2月9日、この膠着状態を打破する待望の新薬、「ワイキャンス外用液0.71%(一般名:カンタリジン)」が発売されました。
メカニズム:生化学的に「浮かせて剥がす」
ワイキャンスの有効成分であるカンタリジン(Cantharidin)は、ツチハンミョウなどの甲虫が分泌する成分に由来します。
この成分は、細胞同士の接着装置である「デスモソーム」を分解する力(棘融解)を持ちます。ピンセットで無理やり引き剥がすのではなく、「生化学的な反応を使って、ウイルスに感染した細胞を皮膚から浮かせ、水ぶくれとともに脱落させる」のがワイキャンスの真髄です。
徹底解剖:治験データが語る圧倒的な実力
【Day85の水いぼ病変が完全消失した患者割合】
【Day85のMC病変のベースラインからの減少率】
ワイキャンスの凄みは、その科学的根拠(エビデンス)の強固さにあります。日米で行われた第Ⅲ相臨床試験では、プラセボ(偽薬)と比較して劇的な効果が示されました。
- 完全消失率(約3ヶ月後): ワイキャンス群 約50%
病変減少率(約3ヶ月後): ワイキャンス群 約87%
注目すべきは、「3ヶ月弱で半数の患者が、一つ残らず水いぼが消えた」という点です。自然治癒を待つよりも遥かに早く、かつ確実に根治へと導けることが示唆されています。
完治までのロードマップ:ワイキャンスの治療スケジュール
ワイキャンスは「一回塗れば終わり」という魔法の薬ではありません。計画的な通院サイクルによって、確実にウイルスを追い出していきます。
【基本サイクル:21日(3週間)に一度の通院】
治験データに基づき、基本的には「3週間おき」に4回程度の塗布を行うのが標準的なスケジュールです。
Day 0:診察と1回目塗布(院内にて)


- 院内で水いぼ一つひとつに丁寧に塗布します。
- 塗布後、薬液が完全に乾くまで(5分間程度)待ちます。この間、痛みはほとんどありません。
- 帰宅後: 塗った場所を触ったり、火気に近づけたりしないよう注意します。
Day 1:自宅での洗浄(塗布から16〜24時間後)
- 塗布から16〜24時間後に、ご自宅のシャワーや石鹸で優しく薬液を洗い流します。
- この頃から、塗った場所に小さな水ぶくれ(水疱)や赤みが出てきます。
Day 2 〜 Day 20:経過観察
Day 21:2回目塗布(再診)
- 残っているイボや、新しく出てきたイボに対して再度塗布を行います。
これを繰り返すことで、徐々に全体の数を減らしていきます。
- ⚠️完治までの目安
- 多くの症例では、3〜4回のサイクル(約9週間〜12週間)でほとんどの病変が消失します。
8回の投与までに治療反応が得られない場合には、他の治療法を考慮する必要があります。
徹底比較:鑷子(ピンセット)摘除 vs ワイキャンス
臨床現場において、どちらの治療を選ぶべきか。その差別化ポイントを整理します。
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比較項目 |
鑷子(ピンセット)摘除 |
ワイキャンス |
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即時性 |
極めて高い(その場で消える) |
緩やか(3週間毎のサイクル) |
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痛み |
強い(麻酔テープ併用でも恐怖が残る) |
塗布時はほぼ無痛(後日の違和感のみ) |
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適応の目安 |
数個程度、早期完治希望 |
多数、難治性、痛みに弱い子 |
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治療スタイル |
「短期決戦」 |
「計画的・段階的」 |
賢い「ハイブリッド治療」の提案
これからのスタンダードは、両者のいいとこ取りです。
- ・導入: まずはワイキャンスで数を減らし、「皮膚科は怖くない」という信頼を築く。
・ 仕上げ: 残り10個程度になった段階で、本人の同意を得て鑷子摘除でフィニッシュする。
このステップにより、心理的負担と治療期間の最短化を両立できます。
注意事項:安全な治療のために
ワイキャンスは強力な薬であるため、以下のルールを厳守する必要があります。
- ⚠️医療従事者による塗布: 劇薬指定のため、処方箋としてお渡しできません。必ず院内で処置します。
⚠️洗い流しの厳守: 16-24時間後の洗浄を忘れると、必要以上に深い水ぶくれができる恐れがあります。
ワイキャンス Q&A:よくある疑問と回答

Q. 塗布した後、保育園や学校、スイミングに行っても大丈夫ですか?
A. 塗布した部位は、乾いた後に絆創膏などで保護します。そのため、保育園や学校への登校は問題ありません。ただし、塗布から24時間後の洗い流しまでは、激しい運動で薬がずれたりしないよう注意が必要です。スイミングについては、処置当日はお控えいただき、翌日洗い流した後に、水ぶくれが破れていなければ再開可能です。
Q. 24時間後の「洗い流し」を忘れてしまったらどうなりますか?
A. 洗い流しが遅れると、薬剤が深く浸透しすぎてしまい、非常に大きな水ぶくれや強い痛み、あるいは潰瘍(深い傷)になるリスクが高まります。もし忘れてしまった場合は、気づいた時点ですぐに石鹸と水で洗い流し、皮膚の状態をよく観察してください。強い痛みや赤みが続く場合は、すぐにご連絡ください。
Q. 指示された時間よりも早く洗ってしまったらどうなりますか?
A. 24時間経過する前に洗い流してしまった場合、薬剤の浸透が不十分になり、期待した効果(水ぶくれの形成とイボの脱落)が得られない可能性があります。 しかし、皮膚への深刻なダメージが起きるわけではありませんので、その点はご安心ください。もし数時間で洗ってしまった場合は、次回の診察(3週間後)の際に「早く洗ってしまった」ことを医師にお伝えください。経過を見て、再度塗布を行うか判断します。
⚠️注意:逆に、塗布した部位に耐えがたい痛みや激しい痒みを感じた場合は、医師の指示を待たずに早めに洗い流すことが推奨されます。この場合は「副作用が強く出すぎているサイン」ですので、無理に24時間待つ必要はありません。
Q. 水ぶくれが破れてしまったら、どう処置すればいいですか?
A. 水ぶくれが自然に破れた場合は、無理に皮を剥かず、清潔なガーゼや絆創膏で保護してください。市販の抗生剤軟膏などを併用しても良いでしょう。中から出てくる液体にはウイルスが含まれている可能性があるため、触れた後はしっかり手を洗ってください。
Q. 跡が残るのが心配です。きれいに治りますか?
A. 治験データでは、多くの場合、一時的な色素沈着(茶色い跡)や色素脱失(白っぽくなる)が見られますが、数ヶ月かけて徐々に目立たなくなることが確認されています。ただし、炎症が強く出た場合などは跡が残りやすいこともあるため、医師の指示通り「24時間後の洗浄」を必ず守ることが、きれいに治すための最大のポイントです。
Q. 兄弟や姉妹も一緒に治療したほうがいいですか?
A. 水いぼは非常に感染力が強いため、お風呂やタオルの共有でご兄弟にうつるケースが多々あります。症状が小さいうちに治療を始めるほうが、ワイキャンスでの完治も早くなります。ぜひ、ご一緒に受診されることをおすすめします。
Q. 普通のイボ(尋常性疣贅)にも効きますか?
A. カンタリジンという成分自体は、海外でイボの治療にも使われています。しかし、日本で承認された「ワイキャンス」は現在、水いぼ専用の保険薬です。足の裏などの硬いイボには液体窒素などの別の治療法が適していることが多いため、診察時にイボの種類を正しく診断してもらうことが大切です。
おわりに:笑顔で終わる水いぼ治療を
水いぼは「放っておけばいつか治る」病気です。しかし、その「いつか」を待つ間に、子供は痒みに耐え、周囲の視線を気にし、時には大好きなプールを諦めなければならないこともありました。
ワイキャンスの登場は、単なる薬の選択肢が増えただけではありません。それは、「子供に痛い思いをさせたくない」という親心と、「早く治してあげたい」という医療者の願いを、同時に叶えるための大きな一歩です。
痛みのない、計画的な治療で、お子さんの健やかな肌を取り戻しましょう。
お近くの方はぜひ大阪府豊中市の千里皮膚科にご相談ください!
※参考サイト:鳥居薬品株式会社「ワイキャンス」
監修医師紹介
院長
花岡 佑真
経歴
- 2005年智辯学園和歌山中学校・高等学校 卒業
- 2011年大阪大学医学部 卒業、関西労災病院 初期研修医
- 2013年関西労災病院 皮膚科
- 2015年大阪みなと中央病院 形成外科
- 2016年大阪大学大学院医学系研究科皮膚科 特任研究員(形成外科診療にも従事)大阪国際がんセンター 腫瘍皮膚科
- 2018年大阪大学大学院医学系研究科皮膚科 特任助教
- 2020年大阪大学大学院医学系研究科皮膚科 病棟医長
- 2021年10月千里皮膚科 開院
資格・所属学会
- 日本専門医機構認定皮膚科専門医
- 難病指定医
- 日本皮膚科学会所属
- 日本形成外科学会所属
- 日本皮膚外科学会所属
- 日本皮膚悪性腫瘍学会所属
- 日本美容皮膚科学会所属




